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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)3084号 判決

控訴人 中本商事株式会社 外六名

被控訴人 塚本三郎 外三名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等訴訟代理人は「原判決を取り消す。被控訴人等は連帯して、控訴人中本商事株式会社に対し金百七十万四千円、控訴人中本不動産合名会社に対し金二百二十二万八千円、控訴人中本重男に対し金一千九十五万円、控訴人中本仲一に対し金六百十二万八千円、控訴人中本春一に対し金六百十四万八千円、控訴人岩井成夫に対し金二万円、控訴人小路裕造に対し金二万円および右各金員に対するいずれも昭和三十六年五月十二日以降完済に至るまで各年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴人等訴訟代理人は次のとおり主張した。

(一)  控訴人等が訴外小泉製麻株式会社発行の株式を買占めた事実はない。控訴人等の訴外会社発行の株式取得の状況は昭和三十三年十一月末日現在は一、三三六、六〇〇株、昭和三十四年五月末日現在は一、三四七、五〇〇株、同年十一月末日現在は一、三五九、九〇〇株である。そして控訴人等は引き続き現在まで右の合計百三十五万九千九百株を保有している。右のように昭和三十三年十二月から上場が廃止された昭和三十五年五月末日まで十八ケ月間における控訴人等の持株数の増加は僅かに二万三千三百株に過ぎないのである。右二万三千三百株というのは当時の訴外会社の発行株式総数三百六十万株の〇、六四%に過ぎない。そして大阪証券取引所における昭和三十四年四月から昭和三十五年三月までの間の訴外会社発行株式の売買の出来高は三万七千五百株であり、これに昭和三十四年一月から三月までの出来高八千五百株および神戸証券取引所における昭和三十三年十二月から昭和三十五年三月までの同株式の出来高一万二百株を合算すると、結局昭和三十三年十二月から昭和三十五年三月までの間の大阪および神戸両証券取引所における訴外会社発行株式の出来高は合計五万六千二百株となる。この間における控訴人等の訴外会社発行の株式の持株数の増加は二万三千三百株であるから、その総出来高に占める割合は四〇%である。以上の点からみて、控訴人等が訴外会社発行の株式を買占めたというような事実の全く存しないことは明白である。

(二)  昭和三十四年初頃より訴外会社発行の株式を特定業者が買い煽つた事実もない。すなわち、大阪証券取引所および神戸証券取引所における訴外会社の出来高状況は次のとおりである。

表〈省略〉

大阪証券取引所から訴外会社発行の株式につき売付証券の即時提供、買付代金の即時提供の条件がつけられたという昭和三十四年三月当時の大阪証券取引所における出来高状況は「(1) 三月一日から七日までは取引なし。(2) 三月九日一、〇〇〇株、(3) 三月十日一、〇〇〇株、(4) 三月十一日五〇〇株、(5) 三月十二日取引なし、(6) 三月十三日五〇〇株、(7) 三月十四日から同月十七日まで取引なし、(8) 三月十八日四、五〇〇株、(9) 三月十九日から同月三十一日まで取引なし」である。結局三月一日から同月末までの取引出来高は七千五百株に過ぎない。

昭和三十三年十二月から昭和三十五年三月までの十六ケ月間において、大阪証券取引所における訴外会社発行株式の月平均の出来高は二千八百七十三株に過ぎず、又出来高の一番多い月でも一万一千五百株に過ぎないのである。現行の東京証券取引所において施行適用されている有価証券上場規程の上場廃止基準(全国的に大体同じ)の第二条四項に上場廃止の要件として「最近六ケ月間の月平均売買高が二千株未満である場合」があげられているところからみても、以上の事実からは訴外会社発行の株式については、むしろ取引出来高は僅少であつたということができても、それが特定業者によつて買煽られたというような事実はとうてい認定することができないものである。

被控訴人等訴訟代理人は次のとおり主張した。

訴外会社の株価が暴騰したのは、控訴人等の買占めに原因するものである。大阪証券取引所における昭和三十四年四月から昭和三十五年三月までの間の訴外会社発行株式の出来高は三七、五〇〇株であり、これに昭和三十四年一月から三月までの間の出来高八、五〇〇株および昭和三十四年一月から昭和三十五年三月までの間の神戸証券取引所における出来高一〇、二〇〇株を加算すれば、昭和三十四年一月から昭和三十五年三月までの大阪、神戸両証券取引所における訴外会社発行株式の出来高総計は五六、二〇〇株となり、控訴人等の右期間における持株数の増加は三四、五〇〇株であるから、控訴人は訴外会社株式の総出来高の六一%強を買占めていたことは明らかである。この買占めにより昭和三十三年中は一株につき百七十二円から二百三十二円の間を往復していた株価が昭和三十四年四月には二百六十円をつけ、取引所の買付代金即時提供および値巾制限にもかゝわらず、同年七月には一株につき四百七十五円をつけるに至つたので遂に同年同月二十一日大阪証券取引所は訴外会社に対し上場廃止の勧告を行うに至つたものである。

証拠省略

理由

左記の事実は当事者間に争がない。

控訴人等は後記上場廃止以前から現在に至るまで、訴外小泉製麻株式会社の株式を控訴人中本商事株式会社が八五、二〇〇株、同中本不動産合名会社が一一一、四〇〇株、同中本熏男が五四七、五〇〇株、同中本仲一が三〇六、四〇〇株、同中本春一が三〇七、四〇〇株、同岩井成夫および同小路裕造が各一、〇〇〇株を所有する株主であり、被控訴人等はいずれも訴外会社の取締役であるところ、昭和三十五年三月二十五日に開催された訴外会社の取締役会において、従来大阪および神戸両証券取引所に上場されていた同会社発行の株式について、その上場廃止を両証券取引所に請求することが取締役全員の賛成により決議された。訴外会社は右決議に基いて、同年四月十二日大阪証券取引所に対し、翌十二日神戸証券取引所に対しそれぞれ右株式の上場廃止の請求をなし、両証券取引所は右請求に基いて、同年六月一日右株式の上場を廃止した。

控訴人等は上記株式についてはなんらその上場を廃止する必要がなかつたのに、被控訴人等は取締役としての忠実義務に違背して、その上場廃止をなしたのである。と主張し、被控訴人等は昭和三十四年七月および昭和三十五年四月に大阪証券取引所から訴外会社に対してなされた株式上場廃止の勧告に基き、被控訴人等は右勧告の趣旨に従い、善良な一般投資家の利益を擁護し、併せて訴外会社の利益および信用を維持させるために本件株式の上場廃止行為をなしたものであると主張するので判断する。

各その成立について争のない乙第一号証ないし同第四号証(但し、乙第一、第二号証にそれぞれ添付されている別紙1、2については、原審での被控訴人小泉徳一本人尋問の結果によりその成立が認められる)、甲第十六号証の一、二、原審証人広戸章、同村上貞一、同尾上春風、当審証人細見卓の各証言および原審での被控訴人小泉徳一本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

訴外会社は資本金一八〇、〇〇〇、〇〇〇円株式総数三、六〇〇、〇〇〇株(記名式額面一株五十円)を発行する株式会社であり、右株式は大阪および神戸証券取引所に上場せられていた。大阪証券取引所における昭和三十三年当時の取引出来高は年間五万株位であつたが、所有株主数も減少して、大株主に偏在し漸次流通証券としての適性が薄れ、また売り崩し、買占の対象となつて上場証券としての適格をも欠くような状勢に在つた。昭和三十四年三月以降右株式の価格は暴騰を続けたので、大阪証券取引所は同年三月売付証券および買付代金即時提供の措置を採り又同年七月十日には理事長の職権で値巾制限の処置を採つた。昭和三十四年十一月末当時における訴外会社株式の分布状況は一万株以上の株主数三十名(所有株数三、四〇四、五〇〇株、発行済株式総数に対する割合九四、五%)一万株未満の株主数二百五十六名所有株数一九五、五〇〇株前記割合五、五%)で、右のうち控訴人中本熏男およびその関係者の持株が一、三五七、九〇〇株、被控訴人小泉徳一およびその関係者の持株が、一、一四三、一〇〇株、その他は三和銀行等が株主であり、右のように訴外会社の株式は大部分が大株主によつて所有されて浮動株は極めて尠く、取引出来高も僅少となり従つて引き続き取引所に上場しておく意義に乏しく且つ将来投機的売買の対象とされ善良な一般投資者に不測の損害を与えるおそれもあつたので、大阪証券取引所は取引所法第百十二条により訴外会社の株式の上場を廃止する方針を立て、大蔵省の指導方針に従い、昭和三十四年七月および昭和三十五年三月訴外会社に上場廃止の申請をなすことを勧告した。そこで訴外会社は上段認定の取締役の決議を経て昭和三十五年四月十二日大阪証券取引所にその申請をなしたので、同証券取引所は同年四月十三日に証券上場審査委員会の審議を経た上、同年同月十九日の理事会において上場廃止の承認をなした。訴外会社は同年同月十三日神戸証券取引所に対しても前同様の理由により上場廃止の申請をなし、同年六月一日右両証券取引所において訴外会社の上場を廃止した。

原審ならびに当審での控訴人中本熏男本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して信用することができず、他に以上の認定を覆して、控訴人等主張のように被控訴人等がなんらその必要がなかつたにかゝわらず、訴外会社株式の上場廃止の決議をなした事実を認め得る証拠はない。

そうだとすれば、被控訴人等が大阪および神戸両証券取引所における訴外会社株式の上場を廃止する決議をなしたのは相当な理由と必要とに基くものというべきであるから、取締役としての忠実義務に違背したものとすることができず、且つ予め株主に対し前記証券取引所の勧告の内容を通告して協力を求める措置を講じなかつたとしても、その職務執行につき故意又は重大な過失があるものと解することもできない。

よつて、被控訴人等がその職務の執行につき悪意又は重大な過失のあることを前提として、商法第二百六十六条の三により被控訴人等に対し損害の賠償を求める控訴人等の本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、失当として排斥を免れない。

右と同旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項によりこれを棄却することとし、当審での訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤顕信 杉山孝 山本一郎)

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